店主、そっと工夫を思いつく:南区の小さな理容院で生まれた、誰にも言わない優しさ
あの再会から数日後。店主はいつものようにヨレヨレタオルを畳みながら、ふと、あの女性の笑顔を思い出していた。ガラス越しに会釈してくれた、あの控えめな笑顔。店主はその瞬間、「わしのこと、嫌じゃなかったんじゃな」と、胸の奥がほんのり温かくなった。しかし同時に、男性に触られるのが苦手という彼女の気持ちも、店主はしっかり覚えていた。(このお話しはフィクションで、登場する場所・人物ともに関係はありません ^^)
店主、ひとりで考え込む
その日の閉店後。
店主は鏡の前に立ち、腕を組んだ。
「わしの手は、あの女性にはまだ早かったんじゃろう。
でもの……もしまた困ったとき、
なんかできることはないかのう」
店主はしばらく考えた。
そして、ふっとひらめいた。
店主のある工夫
翌日、店主は店の奥から古い段ボール箱を引っ張り出した。
中には、昔イベントで使った
女性用の柔らかいケープや、
香りの弱いシャンプー、
肌に触れにくいブラシが入っていた。
店主はそれらを丁寧に並べながらつぶやいた。
「女性が安心できる道具を揃えとけば、
もしまた来ることがあっても、
少しは気が楽になるかもしれん」
さらに店主は、
自分の手に触れずに髪を整えられる道具を試し始めた。
ブラシの角度を変えたり、
ハサミの持ち方を工夫したり、
鏡越しに距離を保つ練習までしていた。
「わしが近づかんでもええように、
できるだけ触れないカットを考えとくかの」
店主は誰に見せるでもなく、
黙々と練習を続けた。
常連の職員さんが訪れたとき
数日後、福祉作業所の職員さんが店に顔を出した。
「店主さん、この前はすみませんでした。
あの女性、やっぱり男性は苦手で……」
店主は手を止めずに言った。
「ええんよ。
無理に切らんでええんじゃ。
その人が安心できる場所が一番じゃけえ」
職員はほっとしたように笑った。
「店主さん、やっぱり優しいですね」
店主は照れくさそうに鼻を鳴らした。
「優しいんじゃない。
ただ……もしまた困ったときのために、
ちょっと工夫しとるだけじゃ」
職員は店内を見回し、
女性用のケープや新しいブラシに気づいた。
「これ……全部、そのために?」
店主は肩をすくめた。
「来るかどうかもわからんけどの。
でも、準備しとくのは悪いことじゃないじゃろ」
そして店主は今も言う
「あの女性がまた来るかどうかはわからん。
でもの、誰かが困っとるときに
できる準備だけはしておきたいんよ」
南区の小さな理容院には、
今日もそんな誰にも言わない優しさが静かに積み重なっている。

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