忘れられない常連さん:南区の小さな理容院で生まれた、心に残る物語

店主が理容院を開いて数年が経った頃。常連さんも少しずつ増え、店の雰囲気も落ち着いてきた時期のことだった。その中に、店主が今でも語る忘れられない常連さんがいる。店主はその人のことを、なぜかいつもあの兄ちゃんと呼ぶ。(このお話しはフィクションで、登場する場所・人物ともに関係はありません ^^)

初来店は突然に

ある夏の日、汗だくの若い男性が店に飛び込んできた。

「すみません!急ぎで切ってください!」

息を切らしながら、まるで何かから逃げてきたような勢いだ。

店主は鋭い目つきでじっと見つめ、

「まあ座りんさい」

と椅子を指した。

若者は落ち着かない様子で、何度も時計を見ている。

「兄ちゃん、そんな急いどるんか」

「はい!このあと彼女の親に挨拶に行くんです!」

店主は思わず吹き出しそうになった。

緊張しすぎて注文が迷子になる

店主が「どうする?」と聞くと、若者は焦りすぎてこう言った。

「えっと……短くて長くて、でも普通で、清潔感があって、でも個性もあって……」

店主は眉をひそめた。

「兄ちゃん、それは……全部じゃろ」

若者は真っ赤になりながらうなずいた。

店主は笑いながら、

「ほんなら彼女の親に好かれる髪型にしとくわ」

と、バリカンを手に取った。

仕上がりは奇跡の好青年スタイル

店主は丁寧に、慎重に、しかし大胆にハサミを動かした。

仕上がったのは――

どこからどう見ても好青年という髪型。

若者は鏡を見て驚いた。

「すごい……!なんか……まともな人に見える!」

店主は胸を張った。

「兄ちゃん、もともとまともじゃろ」

そして翌日、若者は再び現れる

翌日、店主が店を開けると、昨日の若者が立っていた。

「店主さん!昨日の髪型のおかげで、彼女の親に気に入られました!

なんならうちの娘を頼むって言われました!」

店主は照れくさそうに笑った。

「そりゃよかったのう」

若者は深々と頭を下げ、

「これからも通わせてください!」

と宣言した。

しかし、忘れられないのはその後だった

それから数年、若者は本当に常連になった。

結婚式の前も、子どもが生まれる前も、仕事で失敗した日も、

いつも店主の椅子に座り、髪を切りながら人生相談をしていった。

しかしある日、若者は転勤で広島を離れることになった。

最後のカットの日、若者は言った。

「店主さん、僕……ここに来るのが好きでした。

髪だけじゃなくて、心も整えてもらってました」

店主は照れ隠しのように言った。

「兄ちゃん、髪はまた伸びるけえ。

広島帰ってきたら、また切っちゃるけえの」

若者は笑いながら店を出ていった。

そして今も、店主は言う

「あの兄ちゃん、元気にしとるんかのう」

店主は71歳になった今でも、

その若者のことを忘れられない常連さんとして語る。

髪を切るだけの関係だったはずが、

いつの間にか人生の節目を共有する仲になっていた。

南区の小さな理容院には、

今日もそんな温かい物語が静かに積み重なっている。


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