芸能人が来たかと思ったら:南区の理容院に舞い降りたスター風の男

店主が理容院を開いて十数年が経った頃。ある日の午後、店主はいつものようにヨレヨレタオルを畳みながら、「今日は静かじゃのう」とつぶやいていた。そのとき店のドアが、ゆっくりと、しかし妙にドラマチックに開いた。(このお話しはフィクションで、登場する場所・人物ともに関係はありません ^^)

芸能人が来たかと思ったら

逆光の中から現れたのは、

サングラスに黒い帽子、ロングコートを羽織った男。

店主は思った。

(なんじゃ、この雰囲気)

まるで芸能人が変装して来店したかのようだ。

「テレビで見たことある気がするんですけど」

男は低い声で言った。

「ここ予約いりますか」

店主は鋭い目つきでじっと見つめ、

「いらん。座りんさい」

と椅子を指した。

男はサングラスを外さずに座る。

店主は心の中でざわついていた。

(この顔どこかで見たような

いや、テレビで見た俳優に似とる気もするし

まさか本物か?)

しかし、店主は動じない。

どんな客でも、髪は髪だ。

注文が芸能人っぽい

店主が「どうする?」と聞くと、男は静かに言った。

「撮影があるのでキリッとした感じで」

店主の心臓が跳ねた。

(撮影?

やっぱり芸能人か?)

しかし店主は平然を装い、

「ほんなら、キリッとしとくわ」

とハサミを構えた。

カット中の会話がさらに怪しい

店主がハサミを動かしていると、男がぽつりと言った。

「最近、街を歩くと気づかれるんですよね」

店主は心の中で叫んだ。

(やっぱり芸能人じゃ!)

しかし口には出さず、

「そりゃあ目立つ顔しとるけえの」

とだけ言った。

男は満足そうにうなずいた。

仕上がりは主演俳優風

店主は丁寧に、慎重に、しかし大胆にハサミを動かした。

仕上がったのは

どこからどう見てもドラマの主演俳優のような髪型。

男は鏡を見て、サングラス越しに言った。

「完璧です」

店主は胸を張った。

「ほんなら1500万円です」

男は一瞬固まったが、

「1500円ですね」

と笑った。

そして男は去っていった

男は帽子を深くかぶり、

「また来ます」

とだけ言って店を出た。

店主はしばらくドアを見つめていた。

(やっぱり芸能人じゃったんかの

名前は言わんかったけど

あの雰囲気は本物じゃ)

しかし翌日、真相が判明する

翌日、常連のおばちゃんが店に来て言った。

「昨日、あんたの店に入っとったあの人ね、

向かいのコインランドリーの店員さんよ」

店主は固まった。

「えっ芸能人じゃなかったんか」

おばちゃんは笑いながら言った。

「最近、趣味で自主映画撮っとるらしいよ。

それで撮影があるって言ったんじゃろうねえ」

店主は天井を見上げた。

(わし完全に芸能人と思い込んどったわい)

それでも店主は言う

「まあええ。スターじゃろうがコインランドリーじゃろうが、

わしは誰でもキリッとしとる髪にするけえ」

その言葉に、私は思わず笑ってしまう。

南区の小さな理容院には、

今日もスター風の誰かが生まれている。

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