深夜の理容院に灯りがともる:店主が一度だけ店を開けた、あの特別な夜

ある日の夜。南区の住宅街はすでに静まり返り、理容院の前の通りも、車が一台通るかどうかという時間帯だった。店主はその日、いつもより早めに店を閉め、夕食の味噌汁をすすりながらテレビを見ていた。すると―(このお話しはフィクションで、登場する場所・人物ともに関係はありません ^^)

深夜の理容院に灯りがともる

店のドアが「コン、コン」と控えめに叩かれた。

店主は眉をひそめた。

「こんな時間に誰じゃ?」

ドアの向こうに立っていたのは、見覚えのある青年

ドアを開けると、

そこには以前から何度か来ていた青年が立っていた。

しかしその顔は、いつもの明るさがなく、

どこか沈んでいる。

「店主さんすみません、こんな時間に」

店主は鋭い目つきで青年を見つめた。

「どうしたんじゃ。髪か?」

青年はうなずいた。

「明日祖父の葬儀なんです。

でも、今日まで仕事が忙しくて

どうしても髪を整えたくて」

その声は震えていた。

店主、迷わず店の灯りをつける

店主は一瞬だけ考えたが、

すぐに店のスイッチを入れた。

「入れ。切っちゃるけえ」

青年は驚いた顔をした。

「えっでも、もう閉めてたんじゃ」

店主はタオルを肩にかけながら言った。

「兄ちゃんの大事な日じゃろ。

髪くらい、整えんといけん」

その言葉に、青年は目を潤ませた。

深夜の静かなカットが始まる

店主はいつもの昭和ジョークも封印し、

静かに、丁寧にハサミを動かした。

チョキチョキ

店の外は真っ暗で、

理容院の明かりだけがぽつんと灯っている。

青年はぽつりぽつりと話し始めた。

「祖父、僕のことすごく可愛がってくれて

最後に会ったとき、ちゃんとした男になれよって言われたんです」

店主は手を止めずに言った。

「ほんなら、なおさら髪は整えんといけんの」

青年は小さく笑った。

仕上がりは凛とした青年の姿

店主は最後に襟足を整え、

鏡を青年に向けた。

そこには、

悲しみを抱えながらも、

どこか凛とした表情の青年が映っていた。

青年は深く頭を下げた。

「店主さん本当にありがとうございます」

店主は照れくさそうに言った。

「ほんなら1500万円じゃ」

青年は涙を拭きながら笑った。

「1500円ですね」

青年が去ったあと、店主はひとりつぶやいた

店の灯りを消しながら、店主はぽつりと言った。

「人の大事な日に関われるんは

理容師のええところじゃの」

その夜、店主はいつもより少しだけ胸を張って帰った。

そして今も店主は言う

「あの夜だけは、店を開けてよかったわい」

深夜の静かな理容院で生まれた、

たった一度の特別なカット。

南区の小さな店には、

今日もそんな温かい物語が静かに積み重なっている。

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