伝説の師匠現る:店主が若き日に出会った、昭和最後のカリスマ理容師
店主がまだ20代の頃。理容師免許を取るために修行していた時代、彼の前に伝説の師匠が現れた。その名は「マスター」(本名は誰も知らない)。南区の理容業界では、「マスターに切られたら3歳若返る」「マスターのハサミは空気まで切れる」など、もはや都市伝説のような噂が飛び交っていた。(このお話しはフィクションで、登場する場所・人物ともに関係はありません ^^)
初対面からインパクトが強すぎる
店主が初めてマスターに会ったのは、修行先の店に突然現れたときだった。
ドアが開き、逆光の中から現れたのは――
白いスーツにサングラス、胸ポケットにはコームが3本。
昭和のドラマから飛び出してきたような男。
「おう、今日からここで教えることになったマスターじゃ」
店主は思った。
(絶対に普通の人じゃない)
マスターの教えは、すべてが極端
マスターの指導は、とにかく独特だった。
その1:シャンプーは「心で洗え」
店主が力加減に悩んでいた頃、マスターは言った。
「ええか、シャンプーはな……心で洗うんじゃ」
店主は真剣に聞いたが、意味はまったくわからなかった。
「心で洗うって……どういうことですか」
「知らん。わしもようわからん」
店主はその瞬間、悟った。
(この人、感覚で生きとる)
その2:ハサミは「音で切れ」
ある日、マスターは店主のハサミを取り上げ、
「チョキンッ」
と空中で鳴らした。
「この音が出んといけん。音が出たら、髪も勝手に切れる」
店主は何度も真似したが、
「チョキ……チ」
と頼りない音しか出ない。
「お前さん、まだまだ修行が足りんのう」
とマスターは笑った。
その3:お客さんとの会話は「間」が命
マスターは会話の達人でもあった。
「お客さんが黙っとったら、黙っとけ。
しゃべりたそうなら、しゃべらせろ。
わしらは髪だけじゃなく、空気も整えるんじゃ」
店主は深くうなずいた。
(これは……ちょっとだけわかる)
ある日、店主は大失敗をする
修行中、店主は緊張のあまり、常連客の前髪を左右で2cmずらしてしまった。
客は鏡を見て絶句。
店主は青ざめた。
そのとき、マスターが前に出た。
「これは……新しいスタイルじゃ。
アシンメトリー・フューチャーじゃ!」
客はポカンとしたが、
「まあ……未来っぽいならええか」
と納得して帰っていった。
店主は思った。
(この人、やっぱり伝説じゃ)
そして別れの日
ある日、マスターは突然こう言った。
「わし、旅に出るけえ」
店主は驚いた。
「どこへ行くんですか」
「知らん。風が呼んどる」
それだけ言い残し、マスターは白いスーツの背中を揺らしながら去っていった。
その後、誰もマスターを見た者はいない。
しかし、理容業界では今でも噂されている。
「マスターは今もどこかで髪を切っとるらしい」
「いや、もう仙人になったらしい」
「実は黄金山に住んどるらしい」
真相は誰にもわからない。
店主は今も、マスターの教えを胸に
店主は71歳になった今でも、時々言う。
「わしのハサミの音は、まだマスターには勝てんのう」
そう言いながら、どこか誇らしげに笑う。
マスターの教えは曖昧で、極端で、意味不明なことも多かった。
しかし店主にとっては、人生で一番大切な背中だったのだ。



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