店主は受け入れたかったけれど:南区の小さな理容院で起きた忘れられない相談

ある日の午後。南区の理容院はいつものように静かで、店主はヨレヨレタオルを畳みながら、「今日はぼちぼちじゃのう」とつぶやいていた。そこへ、店の常連である福祉作業所の職員がやってきた。どこか困ったような顔をしている。(このお話しはフィクションで、登場する場所・人物ともに関係はありません ^^)

店主は受け入れたかったけれど

「店主さん、ちょっと相談があるんです」

店主は鋭い目つきで職員を見た。

「どうしたんじゃ」

美容院が休みになってしまった

職員は事情を話し始めた。

作業所に通う知的障害のある女性が、

2か月に1度のペースで美容院に連れて行ってもらっていた。

ところが、いつもの美容院の女性店主が病気の治療で

2週間の休みに入ってしまったという。

「2週間も待てないんです。

髪がもう、あちこち跳ね上がってしまって

見ていてかわいそうで」

店主はうなずいた

「なるほどのう」

「断られるかもしれないけど」

職員は少し迷いながら言った。

「店主さん

もしかしたら、無理かもしれないんですけど、

うちの利用者さん、切ってもらえませんか?」

店主は即答した。

「ええよ。二つ返事じゃ」

職員は驚いた。

「本当ですか!」

しかし、店主は続けた。

「ただの。その女性が、わしになじんでくれるとええんじゃがの」

その声は、いつもの豪快さとは違い、

どこか慎重で、優しさがにじんでいた。

職員が報告すると思わぬ展開に

職員は福祉作業所に戻り、

店主が快く引き受けてくれたことを伝えた。

しかし

そのあと、女性本人の希望がわかった。

「男性に髪を触られるのは、どうしても苦手なんです」

そのため、別の美容院を探すことになった。

職員は申し訳なさそうに、

後日店主のもとを訪れた。

「店主さんすみません。

やっぱり、ほかの美容院に行くことになりました」

店主の返事は意外なほどあっさりしていた。

店主はタオルを畳みながら言った。

「そうじゃろうと思っとったよ」

職員は驚いた。

「えっわかってたんですか?」

店主は静かにうなずいた。

「人には触られてええ手と触られたくない手があるんよ。

わしの手は、あの女性にはまだ早かったんじゃろう」

その言葉には、

長年いろんな人を相手にしてきた店主ならではの、

深い理解があった。

そして店主は言った

「でもの、困っとる人がおったら、

またいつでも言いんさい。

できることは、なんぼでもやるけえ」

その声は、

南区の小さな理容院を支えてきた

店主の変わらない優しさそのものだった。

後日談:店主、思わぬ再会をする

あの相談から数か月が経った頃。

南区の理容院はいつものように穏やかで、

店主はヨレヨレタオルを畳みながら、

「今日は風が強いのう」

とつぶやいていた。

そのとき、店の前をゆっくり歩く二人組がいた。

ひとりは福祉作業所の職員、

もうひとりは

あの、髪を切れずに別の美容院へ行った女性だった。

店主は気づいたが、声はかけなかった。

ただ、そっと見守るように目を細めた。

女性がふと店の中をのぞいた

女性は店の前で立ち止まり、

ガラス越しに店内をのぞき込んだ。

店主と目が合った。

女性は驚いたように目を丸くしたが、

すぐにふわっと笑った。

職員が小声で言った。

「店主さん、覚えてますか?

あのときの」

店主はうなずいた。

「覚えとるよ。

元気そうで何よりじゃ」

女性は店の中に入ることはなかった。

でも、ガラス越しに軽く会釈をしてくれた。

店主もゆっくりと頭を下げた。

職員が言った言葉

職員は女性の背中を見送りながら、店主に言った。

「今日は、近くのスーパーに買い物に来ただけなんですけど

店主さんの店の前を通ると、

ここ、知ってるって言ってくれたんです」

店主は少し驚いた。

「わしのこと、覚えとったんか」

職員は笑った。

「はい。

あの人、やさしい顔してたって」

店主は照れくさそうに鼻を鳴らした。

「わしの顔は怖いはずじゃがのう」

職員は首を振った。

「いえ、あの人にはちゃんと伝わってたみたいですよ。

触られるのは苦手だけど、あの人は嫌じゃなかったって」

店主はしばらく黙っていたが、

やがて静かに言った。

「それだけで十分じゃ」

そして店主は今も言う

「あの女性とは縁がなかったけどの、

人は切る・切らんだけじゃないんよ。

覚えてくれとっただけで、わしは嬉しいわい」

南区の小さな理容院には、

今日もそんな言葉にならない優しさが静かに積み重なっている。

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